釣りは男が淋しさなしに孤独でいることができる、地上に残された僅かな場所のひとつだ。
かのロバート・トレヴァーの言葉の通り、多くの男たちが「釣り」に魅了されてきた。
そして、ここにもひとり。
数多の手法の中でも難関と呼び名の高い、チヌのかかり釣りをこよなく愛する筆者。
悪条件とも言える雨の日の釣りを好む、その理由を語る。
text by Yoichi Yamasaki
山崎 洋一 = 文
ウキもオモリも付けないで、およそ1.5mの竿の先1点に集中。
その竿先の細かな動きだけで海底の魚の動きを想像する。
近海に固定された1辺5mの筏に乗って日の出から日の入りまで、自分の決めた釣座一箇所に魚を集めて釣る待ちの釣法。
そう、チヌ(黒鯛)のかかり釣りにハマってしまったのはおよそ7年前のこと。
今の師匠に紹介されて始めたこの釣りはとりわけ難しいとは聞いていた。
多少手こずるのは覚悟していたが、月1回ペースで連れていってもらいながら、なんと10回通って1度も釣れなかった。
嫌々付き合いで来ただけのご婦人や子供さんまで釣れているのに一向に僕の竿だけ曲がらない。
自分だけが全く釣れない悔しさが、まさに「火を着けた」。
釣具屋に通い情報を集め、本を読み、DVDを何回も観た。常連さんと仲良くなってコツを学び、船頭さんも見るに見かねて船から乗り移ってアドバイスしてくれた。
週末になればとにかく筏に乗っては悔しい思いをする日々が続いた。
そして、12月の雨の日の夕方、ついにその時がやって来た。
季節は、真冬。天候は雨。
常連さんも避ける悪条件。
釣り場にはたった一人。
いつも以上の孤独と戦いながら、そろそろ納竿という16時過ぎ。
「やっぱり今日もだめか~」
と諦めかけたその時、大粒の雨が穂先を叩いたと思ったら、竿先がグイッと海中に沈み込んだ!
「えっつ、えっつ、ウソっ」
野生の躍動感が竿を持つ左手を通じで全身に駆け巡り、アドレナリンが一気に吹き出す。一気に釣り上げたい思いを必死にこらえながら、何度も押し引きを繰り返し、魚が力尽きるのを待っていると今まで見たことのない魚影が海面に姿を表した。
大物チヌとの初めての出会いである。
目頭が熱くなるとはまさにこの瞬間。
冷え切った体から不思議なくらい熱い涙がこみ上げて、降りしきる雨と波しぶきが混ざり合う。
この時から僕にとってチヌ釣りは、趣味からライフスタイルに変わった。ただ沢山釣るだけなら他にいくらでも方法はある。もっと美味しい魚も沢山いるし、大勢で楽しめるものを挙げればきりがない。
でも僕はあの冬の雨の中での感動と、帰りの和歌山ラーメンの美味さから浮気できそうにはない。
感動の初体験以降、僕は雨の日の釣りが嫌いじゃない。
何よりライバルが少なく、釣り場を独占できるし、海面を叩く雨音のせいかチヌの警戒心が和らいでいるようで、良い釣果が続いているから。
もしかしたら、雨でもやってくる釣りバカにチヌも
「しゃーないなー」
って同情してくれてるのかもしれない。