雨の名勝負~競馬篇①「キセキを呼ぶ天災」 2010年 優駿牝馬(オークス)

2017/06/13

雨が降ることを天気予報ではよく“グズついた天気”などと表現するが、そこまで皆、雨に嫌悪感を抱いているのだろうか。

予定が中止になったり、洗濯ものが濡れたりと確かに良いイメージはない。何かのテレビで見たが、気象予報士が“悪い天気”と言わないのは、農家など雨が恵みで嬉しい人たちもいるからだそうだ。

だが、逆に想いを馳せると雨が感動をもたらす場面もあったりする。
男女が土砂降りの中で抱き合えば感動するだろうし、雨に濡れながら頑張るアスリートを見れば応援したくなるものだ。
雨が降るという事象は嫌われているけど、「雨の演出」は頃合いが良いということなのだろうか。

梅雨が近づき、湿度が増してくると「骨が痛くなる」などと言う人もいるが、私はこの時期に決まって“息を飲んだ戦い”を思い出す。
今思えば、これはまさに雨が華麗に演出した奇跡の戦いだったのではないだろうか。

”戦い”と言っても、決して殴り合いや口論ではない競馬のハナシ。
しかも若駒である女の子同士の戦いである―――


2010年5月23日 東京競馬場。
その日は2008年に生まれた牝馬(メス馬)の頂点、まさに女王を決める第71回オークス(東京2400m)が行われる日だった。

オークスは英語の「Oak(=樫)」が語源であり、当レースの勝ち馬は「樫の女王」などと呼ばれることもある。

桜花賞(阪神1600m)、秋華賞(京都2000m)と並び3歳牝馬の3冠レースの一つに数えられ、その中でスピードもスタミナも問われるオークスは最も権威があると称されている。更に前出の3つのレースは牝馬のサラブレッドが一生に一度(3歳時)しか出走できない特別なレースで、これらを一般的にクラシックと呼ぶ。

言わばオークスは牡馬(オス馬)でいうところの日本ダービーと同等のレースと言えよう。
(※日本ダービーは牝馬も出走可能)

そんな権威あるレースで空前絶後の奇跡が起きると誰が予想しただろう。後にも先にもこの日の奇跡は競馬界を大きく揺るがすものであった。
そう、この日の東京競馬場はあの希代の演出家「雨」が降りしきっていたのである。

1番人気はこの年の桜花賞を制していたアパパネ。
騎手は日本人なら誰もが知る天才武豊と同期のいぶし銀、蛯名正義。
こちらも世界最高峰のレース凱旋門賞(仏)2着の経験もある日本代表する名ジョッキーだ。

しかし、そのアパパネはお母さんのソルティビッドが短距離巧者のため2400mは距離が長いだろうと不安視されていた。

2番人気はショウリュウムーン。桜花賞トライアル(前哨戦)のチューリップ賞ではアパパネに先着しており、血統背景からも巻き返しが期待されていた。

3番人気はオウケンサクラ。鞍上の安藤勝己は中央競馬の騎手になってからというものその剛腕ぶりを発揮し、トップジョッキーに上り詰めていた。しかも当馬はアパパネが勝った桜花賞の2着馬である。

4番人気は四位洋文鞍上のアプリコットフィズ。こちらも桜花賞の前哨戦の一つであるクイーンカップをアパパネと同じ蛯名正義騎手で制し、桜花賞も5着と健闘していた。

5番人気はオークスの前哨戦フローラステークスを制したサンテミリオン。

長距離レースが得意で桜花賞をパスしてオークス一本に狙いを定めていた一頭である。騎手も奇才のベテラン横山典弘を据え、こちらも万全の体勢で臨んできていた。

レースは雨が降りしきる中でのスタートとなった。
画面で見ても霧掛かっているのがわかる。

ゲートが空き、全頭揃ったスタート。

序盤、ニーマルオトメ、アグネスワルツといった先行馬が馬群を離し、前半60.7の平均ペースでラップを刻んでいく。離れた3番手には人気のショウリュウムーン、前を射程圏内に捉えながら虎視眈々と仕掛けどころを探っている。

中断にはアプリコットフィズ、サンテミリオン、オウケンサクラ、アパパネの有力勢が固まる。基本差しが有力となる時期で、これら有力の位置取りは縦長となった展開では有利に見えた。

レースは3コーナー、東京競馬場名物の大ケヤキを過ぎた辺りで大きく動く。

前の2頭のペースが緩くなり、縦長だった体勢がギュッと団子状態に詰まり、中断に構えていた有力4頭がスーッと前に取り付いてきた。

勝負は東京の長い長い525m直線での叩き合いに委ねられることになるが、先行していたアグネスワルツが先に抜け出し、まだスタミナが残っていることを顕示している。

一瞬そのまま粘ってしまうかのように見えたが、そこは東京の直線。容易く逃がしてくれるわけもなく、スグに桜花賞馬アパパネとこのレースを目標に挑んできたサンテミリオンの桃色帽2頭が勝負所で抜け出してきた。

ここからはほぼ2頭のレースと言っても良いであろう叩き合い。
アパパネが外から差したかと思えば、サンテミリオンが持ち前の勝負根性で差し替えす。アパパネも桜花賞馬の意地で引き下がらない。

牝馬ではなかなか珍しい根性比べに会場にいた何万人もの観衆が息を飲み、絶叫した。

体勢決しないまま2頭はゴール板に飛び込んだ。

2頭での競り合いとなると、普通ならどちらかがバテたり、力が強かったりと肉眼で見ても認識できるくらいの差ができるものだが、この日のこのレースの場合は違った。

首の上げ下げの運もあったであろうし、私の目には一瞬サンテミリオンがグイっと首を覗かせたように見えた。

3.4.5着はあっさりと掲示板に表示されたが、1.2着は写真判定。ビジョンやテレビでは何度も決勝線の映像が流れるが、本当に微妙であった。

ただ、写真判定というのは判定士がしっかり見れば意外と差はついているもので、その時もあっさり出るものと思っていた。

アパパネが勝てば、2歳王者となった阪神ジュベナイルフィリーズ、一冠目の桜花賞に次いでG1三勝目。
サンテミリオンが勝てば、狙ってきたレースで、桜花賞組を出し抜いてのG1勝利。

判定は5分が過ぎても一向に決まらない。
見飽きた掲示板の「写真」の点滅。

平場のレースならともかく(あまり言ってはいけないが)、さすがにG1だから演出込みで焦らしているのだろうかという邪念も過る。

しかし、ざわつく観衆を横目に判定に移ってから10分が過ぎる。さすがにこれには私も「おいおい、マジで差がついていないのではないか・・・。」と感じたものだ。

 

そして判定から12分後、その時は来た。

「同着」

 

湧きたつスタンド、驚きを隠せない競馬番組の解説陣。
何よりもアパパネ蛯名正義、サンテミリオン横山典弘が同着の瞬間、抱き合って喜び、笑顔でインタビューを受ける姿が印象的だった。

それもそのはず、何を隠そうJRAG1史上初の同着だったのだ。雨の影響で、その勝負服と顔にはレースの道中に跳ねた泥に纏われていた。

雨が2頭のオークス馬を同年に輩出した。

とは断定できないが、ちょっと興味深いのはこの年の秋、アパパネは秋華賞を勝って史上3頭目の牝馬3冠馬の名誉を手中にし、(その後、ジェンティルドンナが牝馬3冠を達成したため現在では4頭)サンテミリオンはその後1勝もできないどころか、出走したレースで見せ場もなく現役を引退した。

 

水も滴るいいオンナ。
やっぱり雨はキセキを起こす天災なのかもしれない。

 

Writer 大竹秀孝(オオタケヒデタカ)

東京都生まれ埼玉県育ちの34歳。
幼少時、行方不明になったところ、閉場したWINS浅草にて保護されたことで馬の仔と言われている。(ちょっと馬面)
小学生でダービースタリオンにハマり競馬の虜に。
現在は広告プランナーを実業としながら、ライフワークとして無休・無給で競馬の普及に取り組んでいる。

好きな馬:ダンスインザダーク、マサラッキ
好きな騎手:四位洋文・幸英明・高倉稜

【出演】
■YouTube『月島競馬サークル』(2015年〜)
■マシェバラ『ウマバラThursday』(2017年〜)
■AbemaTV『みんなで予想!うまぐりちゃん』(2016年)
■hihin『馬券コロガシ七転八当!!』(2016年)
など

【馬券】
指数比較による穴馬発掘
Twitter〔@otk0531〕にて毎週穴馬を配信中

 

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