雨の滲みとドビュッシー

2017/07/03

雨が降り出すと、空気が湿り気を帯び始め、雨粒がつくりだす音のカーテンに街が覆われて、いつもの乾いた忙しない喧騒も、少しだけムードを纏って見えてくる。

窓に打ちつける水滴と光とで、風景の色合いが混ざりあい、ぼかされていく輪郭。

ドビュッシーのピアノ曲の音色。指先からの柔らかな打撃がピアノ線をふるわして、一粒一粒が雨だれのように空間に放たれ、重なり合い、水彩画のような音の滲みが空気中に溶けていく。
水がテーマになっていない曲でも、どこか湿り気や、水の流れのような自由さを感じさせてくれる。静けさの伴う躍動感。

ドビュッシーのピアノ曲には、「版画」という曲集の第3曲目に「雨の庭」という「雨」がタイトルに入った曲がある。
こちらはフランスの童話がモチーフになっているためか、個人的には、ドビュッシーらしい香り立つような湿り気は薄いように感じる。

それよりは、「月の光」や「亜麻色の髪の乙女」といった代表曲や「夢想」のような初期の小品の方が、フランス的なロマンチシズムがしっとりと雨露に馴染んで、音の幻影がぼんやりと染みこんでいくように感じる。

雨の紡ぐ音のレイヤーが曲の響きに重なって、その場で新しい情景が生み出されていく。
夢の中のように現れては消えていく窓ガラスごしに滲むヘッドライトの光。
糸雨がぼやかしていく月明かりの思い出。
やがて、太陽に照らされて蒸発して跡形も無くなってしまう儚いひととき。

音とは、見ることのできない気配のようなもの。肌で感じることはできても、触ることはできない。

外出が億劫になるような雨の日の夜、ドビュッシーの音とともに過ごす静かな時間。

雨音とピアノの音色が混ざりあい、身体を包み込む。ひっそりと。しっとりと。

 

 

Writer   sawako(サウンドアーティスト)
名古屋出身、東京とニューヨークでそれぞれ6年間ずつ暮らした後、現在はノマディックに活動を展開。

「音と暮らしとテクノロジー」をキーワードに、フィールドレコーディングとデジタル技術を用いて、様々な情景の織りなすオーガニックで透明感のある世界を紡ぐ。

Sonarフェスティバル(スペイン)、Warmup at P.S.1/MoMA(ニューヨーク)など、世界各地でパフォーマンスを行う。

自由大学「DIYミュージック」教授。
http://www.troncolon.com
instagram: @s0nik0

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