ベチバーの香りが放つ、あたたかい雨の記憶

2017/05/31

雨降りの午後。穏やかな自然が広がる、インドネシア。肌にまとう空気の湿度が、徐々に増していくのを感じる。大地に降り注いだ雨は、柔らかな土壌をさらに潤していくように浸透していく。やがて、雨が過ぎると、土と雨が混ざったかのような香りの蒸気が、鼻のあたりをかすめていく・・・

実は、こんな情景にぴったりの香りがアロマテラピーで使う精油にある。「ベチバー」だ。
ベチバーとはイネ科の植物で、名前の通りイネのように細くて長い葉を密集して生やしている。しかし、その葉からは香りはほとんどしない。実際に芳香があるのは、地中深くまで生えた「根」の部分なのだ。芳香の元となるその根から抽出される精油は、琥珀色。他の多くの精油と比べて粘度が高く、とろりとしているのが特徴だ。「スモーキーでエキゾチックな香り」として表現されることが多いが、それはまるで雨に濡れて湿った土壌から、大気の暖かさで水分が空中に蒸発していくような、熱帯性気候独特の光景を思わせる。

この「湿った感じ」の香りの印象を受ける理由は、土の中の「根」の部分を使っていることに由縁すると考えている。植物が生きていくためには、空気中の二酸化炭素、太陽の光、そして根から吸い上げる水が必要となる。ベチバーも例外ではなく、地中に長く伸びた根が、大地に降り注いだ雨を取り入れる役割を担い、植物全体のエネルギー生産に貢献している。その根の部分で作り出され、抽出された香り成分が嗅覚に届く。ということは、間接的とはいえ、その植物が育った大地の「雨の香り」を近くに嗅いでいることにもならないだろうか。

アロマテラピーでたくさんの精油と接していると、同じ学名の精油なのに、メーカーや製造年度によって、香りの印象が微妙に異なるというケースに出会う。製造過程の影響も多少はあるだろうが、多くの場合が、植物が育った環境の違いによるものだろう。例えば、ワインの味がその年の天候に影響され、ブドウの育つ土壌によって風味に個性が出るのと一緒だ。
さらに言えば、香りの違いの要因の一つは、その土地の「雨の違い」だとも考えてみたい。地球上の水分は、大気中・地中・地上の自然を介して絶えず循環している。水分が循環するその土地によって、雨にも個性が生まれるのではないだろうか。その雨が辿ってきた記憶のようなもの。それがあるように思えてならないのだ。そう踏まえると、ひとつの香りの奥に、その植物が育った大地の自然の循環へと想いを馳せることができる。

最後に、ベチバーを使った香りの活用をひとつ紹介しよう。
ベチバーとレモングラスを1対2でブレンドして、芳香浴として使ってみてほしい。バリ島の高級スパにいるかのような、南国のエキゾチックな香りを楽しめる。ベチバーは優れた鎮静作用があり、気持ちを鎮め、地に足をつかせることで知られている。同じイネ科の爽やかなレモングラスとも相性がいい。

このアロマブレンドは、雨の日の湿った空気にもぴったりとはまる。まるで冒頭の雨降りのインドネシアの情景を眺めているようだ。
ベチバーの香りが放つ、あたたかい雨の記憶のせいだろう。

 

Writer  井出順子

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